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三体のオートファクト

オートファクト: オートマタとアーティファクトのかばん語である。人形が十分な意思能力を持った時代に「ドール」と呼ぶのが差別的とされたために作られたことば。


「あの、ご主人様。どうして私を選んだんですか?」「どうして……って?」「ですから!」

フローリングに正座したまま購入者を睨み付ける小柄な少女は、さっきから自分の身体を包むメイド服の裾を伸ばしたり、首元にかかったリボンのほつれを指でくるくると弄んだりして落ち着かない。ダイニングチェアに浅く腰掛けたリンは、その様子を眺めながらオートファクト五原則について思い出していた。

「ですから、同じような わたしたち をあんな風に三体並べられて――」「ちょっと待って」「……はい」

こぶしを強く握って不満げな様子を隠さないものの、ルルが話を遮られても反発せず命令に従うのを見て、リンは目の前にいるのが精巧なドールであることを実感した。

「ルルはどうして床に座ってるの?」「えっ?」「立って話そうよ。首が疲れちゃう」

床に座っている理由を尋ねられても、ただ身体が先に動いただけのルルにはもちろん答えられない。それでも、リンに言われた通りに立ち上がって、スカートを軽くはたいてまっすぐ立つことはできる。さっきリンと一緒に自分の足でこの部屋まで帰ってきたのだから、当たり前だけど。

背の低い彼女も、立ち上がるとちょうどリンの目線と同じ――今、ルルが背伸びをしたので少し上の――高さでリンと向かい合うことになる。外を歩いているうちにメイド服にまとわりついた冬の匂いが、リンの鼻をそっとくすぐった。

「それで、お店で私を選んだ理由を教えてほしいんです」

「そりゃあ、一番かわいかったからに決まってるでしょ」

「かわいい、ですって? 顔も服もこんなにぼろぼろなのに?」

主人が自分と同じ高さになって気が大きくなったルルは、かぶっていた猫を脱ぎ捨ててリンに詰め寄る。ルルはリンにとって初めて迎えるオートファクトで、予想以上の感情の豊かさに驚いていた。店員は同じモデルでも個体差があると言っていたけど、あれはただの営業トークだったのだろう。

どんなに売れない個体でも、同じモデルのオートファクトは同じ価格で販売しなければならないという規制があるせいで、細かい瑕疵や難のある性格を隠した詐欺まがいの不正行為が横行している。一度迎えたオートファクトをちょっとした欠点で返品するのは、しばしば強い非難の対象になっていたから、店のほうも多少の無理を通すことができた。

「ぼろぼろなんかじゃないよ」「でも、他の子のほうが、よく整っていて綺麗だったわ」「他の子って、どれ?」

「えぇと……イ、イブ、とか……

ルルは少し言葉に迷ってから、彼女とは別のモデルの名を告げた。イブといえば、この前発売されたばかりの最新型のフラグシップだ。もちろんルルよりも新しいし、眼にはもっと綺麗に輝く強化ガラスが嵌まっているけど、リンにはとても手の出る代物ではない。

しかし、リンはルルの明るい橙色の長髪をよく気に入っていて、むしろ、イブの真っ青な暗いショートヘアがあまり好きではなかった。このツインテールを解いて整える時のことを考えて、もう桃木の櫛を何本も買っていたくらいだ。

「イブは最新のモデルでしょ。ルルと一緒に出してもらった子のことじゃないの? 右の子? それとも左?」

……分かんない! でも、他の子のほうが新しくて綺麗だったの。いじわる言わないで!」

髪を振り乱して語気を強めるルルを見て、リンはふと、まだルルの名前を決めていなかったなと思った。モデルの名でしか互いを識別するすべを持たないオートファクトには、新しい名前を与えるのが一番だから。

「それに、本当にかわいいなら待ちきれなくって、すぐに嫌ってほど抱きついてくるはずだもの」

「あぁ、抱きしめてほしかったの? 甘えるのが下手なんだね」

説明書にもそんなことが書いてあったな、と思いながらリンがチェアから立ち上がると、ルルの視線がまた上に向く。さっきまで感情豊かにリンに食ってかかっていたルルは、やっと自分の立場を思い出したようにしずしずと後ろに下がった。

「ち、違います! 私は、ただ本当のことを言っているだけで」

そうして、ルルは初めこそ身体の前で手を組んでいたものの、やはりエプロンにあしらわれたフリルの綻びが気になるらしく、何度か撫でたり伸ばしたりしてからため息をつく。

「ご主人様は騙されたんです。私、顔にすこし傷があるし、眼だって古くてちょっとくすんでます。他の子はみんな新しくて、私だけいらない子だったから」

「どうせ、一緒に暮らしていたら傷くらいつくよ。眼だって、新しいのに変えてあげる」

「服もほつれてて、顔だってぼろぼろで、とにかく全部ダメダメなんです。同情されたって、嬉しくないです」

長さの揃わないばさばさの前髪を恨めしそうに撫でつけるルルは、確かにあまり整備が行き届いていない。従順なオートファクトばかり集められたあの店では、なかなか扱いにくい子だったからだ。少し後回しにされているうちに、それが習慣的な放置に繋がり、整備不良として身体に表れるのはリンにも想像が容易だった。

悲しげで痛々しいルルの姿を見て、リンはさらに彼女のことを気に入っていた。綺麗で手のかからないオートファクトはみんなに人気で、同時に寿命が短かったから。

「そうだね。服はもっと布が少ない方がいいかも。関節が見えてもっとかわいいから」

「私、エッチな服は着ませんよ」「ドールなのに?」「ご主人様。差別用語はダメです」

「えぇと、うん。オートファクトなのに?」

ルルは「はい。オートファクトはエッチな服を着たりしません」と満足気に答えた。ルルは長く売れ残っていただけで、外の世界を知る機会はほとんどなかったからだ。リンはまた彼女を「ドール」と呼ぶときのことを考えて、それをごまかすようにルルの頭を撫でた。

「じゃあ、 オートファクト のルルのお迎えを祝って一緒にアイスでも食べようか」「アイス……ですか?」「もしかして、食べられない?」

「飲み込んだり、身体に入れたりすることはできません。でも、指先で味を感じることなら」

そう言って、ルルが人差し指をぴんと立てて口に当てる。

「それは素敵だね。一緒の味を楽しめれば、それでいいよ」

リンはわざわざ新しいアルミスプーンを買う必要はなかったな、と思った。冷凍ストッカーに向かうリンを追うように、ルルが立ち上がって後ろについていく。ちょうど、今日の帰り道と同じ姿だ。リンが取り出したのはパッケージに「夏限定!今だけ!」とスイカのイラストが描かれたカップアイスで、彼女のお気に入りだった。

ストッカーを閉じると、ルルが後ろからリンの手元を覗き込む。ルルも冬に雪見だいふくを食べる習慣くらいは知っていたけれど、こんなに大きなカップアイスを見るのは初めてだった。

「美味しいんですか、それ?」

「うん。夏を越したアイスは熟成してもっと美味しくなってるからね。なめらか食感で売ってる高級アイスクリームも、シャリシャリの氷菓に早変わり」

手に伝わる氷のような冷たさは、もう年越しも目前の冬の寒さには似合わない。でも、リンは「今だけ」と書かれた期間限定のアイスをこうやってストッカーにずっと閉じ込めておくのが好きだった。時間を一緒に凍らせているみたいで、あるいは、誰かに嘘をついているみたいで。

「よく見て、よく聞いて、よく匂いを覚えてね。来年の夏も、冬もきっと食べる味だから」

リンに言われるがまま、ルルがピンク色の塊に人差し指を突き立てる。第一関節くらいまでアイスの中に隠すと、右や左にひねって舌を這わせていく。指と空気とアイスクリームが接しているところから、まるで波打ち際にいるようにじわじわと溶けていった。

これがオートファクトの食事なのか、とかすかな興奮を覚えながら、その間リンはなぜか一言も発せずにいた。ひとしきりアイスを味わったルルは、クリームまみれでべたべたになった指先をうっとりと眺める。

「冷たくて、氷の粒が大きくて、甘くて……それに、気持ちいい。不思議な心地だわ」

「うん。私も好きなんだ」

ルルの手を取ってそっと指を舐めると、夏の懐かしい味と一緒にまた冬の香りがした。


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