/* この作品はLilie von Proraに収録されています。 */
彼女にべったりこびりついた しあわせ は、なかなか落ちなかった。思い出してみると、私たちのエリアは特にHPSが良かったし、どうしようもない副作用なのだろう。
「お姉ちゃん、花火綺麗だね!」
ポップな絵柄の手持ち花火が、長い火花を出してよく光る。妹はその真っ赤な光を楽しそうに振り回しては、何度か私の顔を見て笑っていた。時折、火花が妹の顔を良く照らして、上気した頬が夜闇に浮かび上がる。
花火は、思っていたよりもずっと明るかった。クォーツが放つ燐光をかき消すようなその光に、私は何を託せばいいのだろう。
砂浜に振りまかれた花弁は散り散りになって、どこかへ消えていく。それが今の私たちの様子を暗示しているようにも見えて、どこか物悲しかった。
私たちがこの浜辺のリゾートに連れてこられたのは、ほんの数ヶ月前――(GNC暦で)DAP年のA期――のことだ。私が数年ぶりに家に戻って間もなく、妹と共にこの国営保養地への移送命令が下ったのだ。おそらくは、成績低下を危惧したエリア長の策略だったのだろう。
父と母は優しく微笑んでいたけれど、どうしても私に向けられたようには思えなかった。
団地からの排除は、社会的な死を意味していた。妹もそれは良く分かっていただろう。弾けるような明るさを 強いられている にも関わらず、焦燥と不安を隠し切れずにいるのを私は見逃さなかった。しばらく団地から離れていた私にとっては、不安よりはむしろ引っ越しの面倒さの方が強かったけれど。
とはいえ、リゾート自体は悪い場所ではなかった。粒の良く揃った砂が敷き詰められた砂浜に、その砂浜がずっと向こうまで透けて見える遠浅の海岸。植えられたヤシの木は人工樹で、こういう見せかけの植栽は団地とそう変わらない。汚れた空気ではまともな植物は育たないものだ。バスを降りた時に感じた呼吸の違和感は、そう離れた場所には来ていないことを暗示していた。
天気が良い時はずっと向こうに陸地が見えることもある。ずっと向こう――たぶん数キロメートルから数十キロメートルくらい先――だと思うけど、汚れきった空気を通した距離感はあんまり信用ならなかった。
自然 のロケーションは申し分ないにせよ、気になる点もあった。全長二キロメートルほどの巨大な居住棟が、砂浜と道路を分けるようにそびえ立っているのだ。その横の長さのせいで、六階ほどの低い建造物の割には異常なほどの存在感を放っている。
道路以外には見渡す限りの松林が広がっているだけで、それがさらにこの建造物の異常さを際立たせていた。
こんな大きな建物はエリア内でも見たことがない。その大きさの割に、手入れはしっかりと行われているようだ。地中海の風景を思わせる真っ白な外壁は、古くて巨大ながらも定期的に塗り替えられているらしい。
昔はもう少し賑わっていたのだろうか? 施設に面した道路に設置されたバス停は、縁石で塞がれてもう使われていないようだった。
そんな寂れた施設の割にはよく整えられていて、不自然ではあるけれどさほど不自由は感じない。
ただ、妹は団地外での生活のあれこれに慣れていないらしく、 給仕 を連れてきてほしいと訴えていた。入居の時に数人のスタッフに施設を案内されたけど、おそらく、ここに配置されているのは彼らだけだ。だから、専属で私たちの世話をする(まさに給仕のような)係が付けられることはなかった。
妹は無口で暗いナースたちを怖がっている。 常識 に反するからだ。ただ、最近は諦めたのか「負けないで頑張ろうね、お姉ちゃん!」なんて悲劇のヒロインじみたことを言うようになった。
笑える。
私があのとき団地を出ることを 許された のは、単に私が妹よりも年上だったからだ。または、私にしあわせを醸成する素質がなかったからだ。
違う言い方をすれば、妹は幼かったので団地を出ることができなかった。つまり、妹がシステムに向いているかを判断するにはまだ時期が早かったのだ。
私が家族の許を離れる少し前に、妹に初潮が来たことは、私と母だけの秘密だ。母は娘を二人共失いたくはなかったから、そして私も、ある程度システムに組み込まれていたから、そういう自己犠牲は仕方がなかった。
団地での生活の中心には、いつもクォーツが据えられていた。各家庭に配置されたハート型のローズ・クォーツは、ほのかにピンク色の燐光をまとっており、触れると内部の光がはうように動くのが分かった。
このクォーツが、みんなのしあわせの象徴だという。触れると光と共に流れ込んでくる痺れるような感覚を、みんなは「しあわせエネルギー」と呼んでいた。
表面に彫られた「ねがいがかなう」の文字は不気味に輝いていて、見つめるたびに後ろめたい感覚に襲われた。教室の花瓶が粉々に砕かれているのを発見してしまったような、誰かの内臓が不用意に露出しているのを盗み見てしまったような、そんな感覚。
団地に 収容 された人たちは、一日に何度か(改正が繰り返されているが、私が家を出る前は二回で済んでいた)このクォーツに触れることを 奨励 されていた。手のひらを押し付けるように、三秒間だけ触れるのだ。
クォーツには目を開けたまま触れても良いが、一日に二度以上見つめながら触れてはならない。クォーツが放つ光が強くなるからだ。
各家庭に渡されたクォーツは心の拠り所であり、娯楽であり、ある種の監視カメラでもあった。クォーツを安置するクッションの周りはいつでも清潔に保たれており、全員でその神聖さを保ち続けている。人々はクォーツに触れることで団結していたし、それが団地のHPS向上の重要なファクターとなっていた。
タバコや酒をする人はそんなにいない。それがしあわせではないからだ。クォーツに触れた時に得られるある種の快感がそれらの代わりになっている、という主張は許されなかった。
私を見守ってくれるクォーツに一日に何度でも触れたいと思う。しあわせだからだ。大切な家族を、自分の共同体を、この国をいつも心から好きだと思う。しあわせだからだ。
嘘をつかない、不純なことはしない、クォーツを疑わない。しあわせではないからだ。どんなことがあっても、自分の団地の外に出ようとは思わない。しあわせではないからだ。
国民全員を効率的にしあわせにするには、国民を集めて統一的な生活を送らせるのが最適な選択だった。少なくとも、全国の二十の巨大な団地では、そういうことが強いられていた。
エリアの周りは川で囲まれていて、無邪気な男子たちは毒の沼だと呼んで騒いでいた。私は汚水が垂れ流しになっているだけだと分かっていたけど、決してそう主張することはなかった。先生がそういうデマを叱りつけなかったからだ。
おそらく、私みたいな子は他にもいただろう。
建物が赤く塗られている。A棟がすっかり塗り潰され、B棟も半分以上ペンキで塗り上げられていた。
その変化に最初に気付いたのは妹だ。数週間前から始まったそれは、模様替えというには唐突で、しかも派手すぎた。
しかし、こういうイレギュラーに特別弱いはずの妹は、むしろそのカラーリングを歓迎した。
「お姉ちゃん、赤ってテンションが上がる色なんだよ?」
「それは分かるけど、やっぱり急すぎるよ」
私たちの部屋はC棟の二〇二〇号室だ。朝から晩まで良く陽の当たる部屋で、レースのカーテンが作るふわふわとした影が波のように打ち寄せる。
遮るものがないおかげで、砂浜から水平線まですっぽり窓に収まっていた。窓からは赤い外壁が目に入らないから、少しだけ安心する。
小さなシングルベッドが部屋の両側に置かれ、その向こうには申し訳ばかりの小さな机が打ち付けられている。それ以外には、ごくシンプルな壁掛け時計に白い壁と木質の人工床くらいしか見えない。
妹が「きちんと片付けて」と言ってくるから、机には日記やペンを置くこともできない。生活感は嫌われていた。団地では、いつもそういう不必要なまでの整理整頓を 励行 していたのを思い出す。
食事は一日に三回、配膳車に載せられて部屋の外に置かれている。少なくとも、このフロアには他に誰もいないようだった。メニュー自体に文句はないけれど、背中合わせでとる食事はそんなに気分の良いものではない。
妹はたまに早起きして、配膳係のナースに向かって執拗にクォーツへのアクセスを請願していた。
「まだ、かかるんですか。はい……いえ、分かりました」
クォーツに触れないと分かった妹は、決まってそわそわと落ち着かない様子を見せる。それは、彼女にとって相当なストレスだっただろう。 明るくて元気な妹 のイメージは、彼女自身をしっかり縛り付けていた。
だから私は彼女の整った爪がぼろぼろになる前に、海を歩こうと言って砂浜に連れ出すのだ。
三キロメートルほどの砂の散歩道を何度か往復し、日が落ちるまで座り込んで波の音を聴く。十日に一回くらいは、そういう何もしない日があった。
本当に何もしない休息日は、むしろ私のほうがそわそわする。 奉仕 に駆り出されている間は、休息日さえもしあわせへの活動に当てることを強いられていたから。
「お姉ちゃんは、クォーツに触れなくても平気なの?」
「そうね。私は、しあわせじゃなくなったから」
「……そっか。また、しあわせになれるといいね」
私がクォーツに触れる必要がないことを告げると、妹は心から憐れむような表情になる。妹だけではなく、たぶん、団地の誰もがそうするだろう。
団地を離れていなかったら、私もこうなっていたかもしれない。 落ち着いたお姉ちゃん としての、私に。
私が団地――エリアの外に出て命じられた仕事は、しあわせの生産と、二酸化炭素の削減だった。人体実験じみたしあわせの抽出は非常に過酷で、私もB子も疲弊しきっていた。彼女は今どうしているだろう。
出身は同じだったはずだけど、第五エリアに戻ってからB子を見かけたことはなかった。まだ、しあわせを搾られて続けているのかもしれない。
しあわせが空っぽになると、巨大な勢力に反抗する心も失われるものだ。これらの手法のどれだけがクォーツに取り入れられるのか想像すると、苦しさが紛れた。
私が奉仕から解放されて家に帰ると、家を出る前とは別の給仕が付けられていた。給仕の任期はそう長いものではないし、私が戻ってくるまでの数年の間に三度は変わっただろう。均質化プログラムを正しく経た給仕は、後頭部に刻まれたアドレスでしか区別できない。
新しい給仕は、私の指令を聞こうとはしなかった。それも当然で、私にまだクォーツにアクセスできる権限がなかったせいだ。外から来た私が触るとクォーツが汚れるらしく、 治療 が済むまで通常の生活は禁じられていた。
クォーツへの接触は禁止されていながらも、両親は私がどうしても触りたがるだろうと思っていたらしい。憐れむような目つきが、その勘違いを良く物語っていた。
でも、触ろうとするそぶりも見せないと分かった後は、触りたがらないことすら忌み嫌っていたけれど。
「お姉ちゃん、ご飯だって」
「……うん、今行くよ」
変わったのは、給仕だけではなかった。
私の食器がなくなっていたのだ。妹とお揃いだったピンク色の茶碗は、たった一つしか残っていなかった。客用の食器は白くて、まるで空っぽの私の心を表しているみたいで。
父も母も私の涙を気味悪がって近付こうとはしなかった。たぶん妹も、私の涙に触れたらしあわせが失われると本気で思っていただろう。
「あのさ……私って、そんなに汚い? そんなにしあわせが大事?」
立ち上がった私は、椅子が倒れるのも気にせずにリビングへ向かう。汚い涙を流しながら歩く私の一挙手一投足に、みんな困惑した視線を向けたままだ。
彼ら は私から搾り過ぎていた。心がすっかりひび割れてからこんなところに戻されても、どうしようもない。
リビングに鎮座したローズ・クォーツを持ち上げる。体積の割に重く感じる エセ 御神体は、手に乗せると光が強くなり、重心がぐるぐると動いているのが分かる。ぶちぶちとコードがちぎれ、そこでやっと、母の悲鳴と父の怒鳴り声がほぼ同時に響いた。 よそ者 の私が何をしようとしているのか、本能じみた部分で感じ取ったのだろう。
しかし、父の身を挺した飛び込みは間に合わなかった。
持ち上げたクォーツを床に叩きつけると、重いものがぶつかる鈍い音と、結晶が割れる鋭い音が辺りに響く。クォーツからはピンク色の液体が漏れ出し、それがすぐに紫色に変わって結晶状に固まるのだ。いびつな自己修復が自らの神聖さをかき消して、醜いものに変えていくのがたまらなく面白かった。
父は共同体での 死 を危惧したのか、すぐに私を犯罪者として通報した。私たちの移送措置が決定されたのは、それから間もなくのことだ。
娘に執着していた母さえも、私と目を合わせようとはしなかった。私たちを見送る時の両親の優しい笑顔は、監視カメラに向けたアピールだったと思う。
夏の終わりに差し掛かり、また大きな異変が訪れた。
ピンク色の海に最初に気付いたのは、また妹の方だった。真夜中に私を起こした妹が、興奮しきった様子で海の様子が変だと告げたのだ。
ちょうどこの前建物の全面が赤く塗られてしまったから、おそらく寝ぼけて混同しているのだろう。そう思って相手にしなかったけれど、妹はそれからずっと起きて海を見ていたらしい。
朝になって窓から外を眺めてみると、妹の妄想が現実だったと思い知ることになる。
浜辺に降りると、鮮やかな色の海水にたくさんのクラゲがうようよ浮かんでいる。海水が汚染されているにも関わらず、透明度はほぼ変わらない。クラゲの向こうに海底の砂まで良く見えていた。
海水は黄灰色の砂にも良く染み込んでおり、夏らしい砂浜には団地を囲う 毒沼 のように乾いた汚れがこびりついている。
夏の終わりの風物詩が、こんなにも異様な風景になるとは思わなかった。
「あんまり近づくと、刺されるよ」
「でも、すごく落ち着くよ。お姉ちゃんもこっち来て」
「いいよ、私はここでいいから」
座り込む私をよそに、妹は大はしゃぎで水遊びを楽しんでいる。裸足でぱしゃぱしゃと水を跳ね上げては、身体中に水しぶきを浴びて院内着に不規則な模様を刻んでいく。
海水はほぼ均質にピンク色で、水面と空が重なって紫色の水平線が広がっていた。水の中にはクラゲと一緒にときどき紫色の塊が浮かんでおり、鉱石が割れる不吉な光景を思い出す。これ、もしかして――
「お姉ちゃん、これ、クォーツじゃない?」
妹が、爪先に感じる違和感を拾い上げようとする。手で砂ごと掬い上げる動きがスローに感じられて、今からでも妹の手を止められるのではないかと錯覚してしまう。もともとここはごみ一つない綺麗な砂浜だったから、海水の変化と共に訪れたその異物に嫌な予感がした。
「見て見て! やっぱり、クォーツだよ!」
指の隙間から砂が零れ落ちていくうちに、その結晶の姿があらわになっていく。
砂に埋まった三センチメートルほどの無造作な球体が、空気に晒されて光りだす。その塊は、ビーチグラス特有のマットな質感を備えていなかった。むしろつやつやとしており、人工物じみた光を良く反射している。さらに、そんなぎらぎらとした反射光だけではなく、内部から漏れ出る光がゆらゆらと砂に落ちて揺れていた。
ただの漂着物ではないのは明らかだ。
しかし、妹は漂着物の真贋を疑うべくもなく、満面の笑みでクォーツを握りしめた。一日に数秒だけ、しかも目を瞑って触らなければならないものを、こんなに摂取し続けたらどうなるかは考えていないようだった。
「すごい、これ、いつもよりもしあわせエネルギーが伝わってくる……」
手の隙間からは、砂浜に差すほどの強い光が飛び出し続けている。もはや妹が正気を保てるようには思えない。
十数秒か、あるいは数分か。みんながこの光景を見たら、きっと妹を天使だとでも思うのだろう。
妹が手のひらを開くと、クォーツが放つ光は元の弱々しい光に戻る。心なしか、内側に潜む光の動きの周期がさっきよりも早くなっているように見えた。
「ふー……満足。お姉ちゃんもする?」
私に歩み寄る妹の足がおぼつかない。「大丈夫だよ、お姉ちゃん」と言いながら砂浜をふらふらと歩く姿は、団地で初めに教わる しあわせ酔い の症状そのものだった。
「私は、いらないってば」
「そっかー。気持ちいいのになぁ」
すっかりしあわせエネルギーを 補充した 妹は砂浜に横たわり、太陽にクォーツを透かしてみせた。妹の顔には紫の光が差して、まるで海の底で横たわっているようだ。
「食器のこと、ごめんね」
「何の話?」
「お姉ちゃんのお茶碗、捨てちゃったのは私なの」
呆けた顔の妹が、口だけを動かして声を出している。
奇妙なことだ。妹の記憶がどこからか呼び起こされている。何年も前に終わったはずのことを、何ら罪悪感なく行われたはずのことを、わざと揺さぶるように。
何がこんなことを喋らせているのか。
誰が、私を泣かせようとしているのか。
「いいよ……別に」
「ごめんね、お姉ちゃん」
そう言って、妹が指で私の目尻をなぞる。 汚れた 涙を掬って口に運ぶ。それから、妹は目を閉じた。
「お姉ちゃん。次は、ちゃんとするからね」
「そうね。だから、もうクォーツなんて――」
どろり。そのまま、妹は溶けて無くなった。
妹がいなくなってすぐに、私はこのリゾートから去ることになった。大赦と書かれた命令書を見ても、妹を犠牲にして私が 許された のは明白だった。
団地に戻ると、父と母もいなくなっていた。より正確には、第五エリアがほぼ壊滅していた。私の家族が見せしめに処罰されたわけではなく、まるで団地全体がもう用済みとなって廃棄されたかのように荒れ果てている。
「競技場から開会式の様子をお伝えします。こちら、セントラル・トラックでは、全国三十二箇所で一斉に打ち上げる花火のタイミング調整が終了し――」
私が壊したローズ・クォーツも、床の傷だけを残してなくなっていた。
「これは、DA……失礼しました、二〇二〇年の集大成にふさわしいオープニングとして――」
久しぶりに見たテレビのニュースでは、聞き慣れない数字の暦を読み上げていた。アナウンサーも慣れていない様子で、何度もDAP年と言い間違えている。やっと、止まっていた歴史が動き出すのだ。
オリンピックのことは、伝説上のお祭りとして良く知っていた。夏の始めから夏の終わりまで開催され、しあわせが嵐となって吹き荒れて人々に祝福を与えると。
でも、リゾートでの夏の始まりは何事もなく過ぎ去っていた。だから、今年ではないと思っていたのに。
酷暑のせいでオリンピックの開催が延期された(たぶんこれもしあわせエネルギー上の調整だろう)と知ったのも、家に戻ってからのことだ。
今思うと、そこら中が赤く塗られていた異常な光景も、開催にかかる儀式だったのかもしれない。
「さぁ、打ち上げの瞬間です! 十、九、八、七、――」
打ち上げ花火を模したミサイルは、人々を効率的に殺傷する。強すぎるしあわせエネルギーは、実験室で何度も事故を起こしていた。
私はどんなしあわせを撃ち込まれても、きっと満たされることはないだろう。でも、会場に集まった人々はこれからしあわせミサイルに酩酊し、そのまま死んでいく。
誰かが死んでも、この粛清が終わっても、私はそのまま暮らしていく。暮らさなければならない。
「A子。私たち、しあわせじゃなくて良かったね」
花火は、思っていたよりもずっと明るかった。クォーツが放つ燐光をかき消すようなその光に、私は何を託せばいいのだろう。