The Panorama of Science and Artによれば:
- 樟脳: 2薬用ドラム
- 硝酸カリウム: 0.5薬用ドラム
- 塩化アンモニウム: 0.5薬用ドラム
- 50%エタノール水溶液: 2薬用オンス
「レイ、それ何? スノードームの試作品?」
「んー? 未来の天気が分かる高性能なひみつ道具だよ」
数十分前に夕食係としてキッチンに送り出したはずのレイがなかなか戻ってこないので様子を見に行くと、細長くて透明な瓶に白い結晶が沈んだ液体をちょうど詰め終わるところだった。本来はまな板や食材を広げるための白い大理石のワークトップには、倉庫から見つけたらしい古い試薬のプラ瓶と一緒に、デジタルスケールや数枚の薬包紙が置かれている。
彼女が作った 夕食 の材料を見ると、ありふれた薬品を薄めた無水エタノールに溶かしただけで、およそ天気予報が務まるほどの原理を備えているようには思えない。そんなインテリアと呼べるほどの装飾も備えていないように見えるひみつ道具を、レイは「ストームグラス」と呼んだ。
「ストームグラス? 私、明日の天気より今日のご飯が大事だわ」
「でも、明日は晴れるかもしれないでしょ?」
「ずっと雨よ。雨、雨、雨、雨……ずーっとね」
私たちが毎日交代で担当している夕食係は、倉庫からインスタント食とサプリメントを持ち出して皿に盛るだけの簡単なお仕事で、包丁やコンロを使うような調理はもちろん、ひみつ道具の開発なんて職掌にない。同じ発明なら、グルメテーブルかけでも作ってくれれば大歓迎なのに。
レイは頭が良くて手先が器用だった。ときどき自分の興味の赴くままに動くことがあって、しばらく放っておくとこうして色々なひみつ道具――役に立つかは彼女にとってどうでもいい――が完成している。しかしその間、抱えている締め切りや日常のタスクは視界の外に追いやられてしまう。
私はそういう彼女の創造性と呼ぶべき衝動が嫌いではなかったけど、こうして共同生活を送り始めてからは不満も少し多くなった。悪気なく食事や掃除の当番はすっぽかすし、空腹のまま机に突っ伏して動けずにいるところを介抱したのも二度や三度ではない。ラボにいたころはよくアカネさんがレイの世話を焼いていたから気にならなかったけど、今レイの側にいるのは私だけだ。
彼女の突飛さは非日常的な魅力である一方で、平穏な日常にとっての脅威でもあった。
「ちなみに、ストームグラスの予報は?」
「結晶が安定するまで詳しく分からないけど、カリウムが溶けてないから……たぶん雨になりそう」
「えぇ、私もそう思うわ。もし黒い結晶が降り始めでもしたら、また教えて。その時は予報でも何でも信じるから」
樟脳に無水エタノール……まぁ、半分に分けて一気に飲めば
あの日から外はずっと雨で、私たちはまだ外に出られずにいた。